眠れぬ王子の恋する場所


「俺の母親。離婚したとき、父親から膨大な金を渡されたはずなのに、その一年後、俺の前に現れた。母親が俺をなんとも思っていないのは態度からわかってたし、なんか裏があっての行動だっていうのはすぐわかった。
どうせ、俺を人質に、父親をゆするつもりだったんだろ」

「えっ」
「収入が減っても、それまでの生活水準を下げられなくて金に溺れるヤツは珍しくないみたいだし。
結局、母親は父親が俺につけてたボディガードに止められて、二度と俺に近づかないって誓約書書かされてそれっきりだけど」

突然の久遠さんの昔話に「なんで急にそんなヘビーな話するんですか……」と困ってしまうと、真面目な眼差しを向けられる。

「別に、困らそうと思って言ったんじゃない。金が絡むと怖いっていう、ひとつの例だ。おまえがあまりに呑気に構えてるから」

私に危機感を持たせるために、自分の話をしてくれたのか……とハッとする。

久遠さんからしたら、きっとあまり話したいことではないはずなのに、わざわざ……。

「金が絡んで狂うのは、俺の母親に限ったことじゃない」

しっかりとした声に、うなづいた。

「そうですね……。ちゃんと気を付けます。とりあえず、鍵は新しくしてあるから問題ないですし、基本的にインターホンが鳴っても出ないように――」
「ここに越してくれば」

遮って言われた言葉に、思わず「え?」と声が漏れていた。
キョトンとしてしまった私に、久遠さんはなんでもない話でもするように続ける。

「ここなら、三ノ宮の会社まで遠くないだろ。それに金もかからないし」

突然の提案をされて、どうにか理解しようと頭を巡らせる。

『ここに越してくれば』って……久遠さんはどういうつもりで言っているんだろうと、頭のなかがフル回転だった。

< 135 / 182 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop