眠れぬ王子の恋する場所
「あー……いえ。私は外出してたので、全然知らなくて」
「それならよかったよ。ボヤって言ったって煙とかすげーんだろうし。……ああ、そっか。ボヤがあったの金曜の午後って言ってたから、おまえが久遠とこに行ってる間にそうなったのか」
「あ、そうなんです。それで……そう、大家さんから電話がきて、その電話の内容を聞いてたから久遠さんが部屋を貸してくれるって言ってくれて。
今、一時的に久遠さんのところでお世話になって……」
しどろもどろになりながらも答えていると、それまで普通に話していた社長が「久遠のところって……は?! もしかして久遠の自宅で一緒に……?」なんて驚いた顔で言い出すから慌てて否定する。
「違いますっ。その、便宜を計って頂いてるっていうか……」
社長に吉井さんに石坂さん。
三人の視線を集めながら堂々と嘘をつくことが心苦しく感じて、ふわっとしたことしか言えずにいると、じーっと黙って見ていた吉井さんが聞く。
「つまり、久遠財閥が経営しているホテルの部屋を貸してもらってるってこと?」
「あ、はい。そうです」
まるで救いのように感じ、ふたつ返事でうなづく。それから、こっそりと胸を撫で下ろした。
久遠財閥はいくつもホテルを持っているし、部屋を貸してもらっているといっても不自然じゃない。
社長と吉井さんの視線はまだ私に留まったままだけど、石坂さんは飽きたのか、手鏡片手にメイク直しを始めていた。
もとから充分すぎるほど盛られているマスカラが、また付け足される。
「ちょっとホテル名は忘れちゃったんですけど、久遠さんが用意してくれて助かりました」
そう笑顔で言うと、吉井さんは「へぇ」と、珍しく感心したような声を出した。