眠れぬ王子の恋する場所


さっきの、久遠さんの服に移っていた香水……どこかで嗅いだことがある気がする。

でも、どこでだっけ。人気のある香りなだけに、そこら中で嗅ぐし特定ができない。

まぁ、依頼人がつけていたとか友達がつけていたとか、そんなところか。

それこそ、今日の披露宴にきていた招待客のなかにいたのかもしれないし。

なんだかやたらと引っかかる香りが気になりつつも、そんな風に片付けリビングに戻り、ソファに座る。

背もたれに頭を乗せ、高い天井を眺めた。

『鍵ガチガチにかけてるような久遠さんが、自宅に一緒に住ませるってよほどでしょ。だったら佐和さんもゴチャゴチャ考えてないで一歩踏み出してもいいと思うけど。

騙されるのが怖いなんて言ってるけどさ、誰かを信じるのを諦めてる人だったら、他人の弱音なんか聞きたいとは思わないし、一緒に苦しみたいなんて望まないでしょ』

耳の裏で吉井さんの言葉が繰り返される。

「一歩、か……」

同居とか、そういう実質的な距離じゃなくて気持ちの上での一歩。
つまり、信じて気持ちをさらけ出すってことだ。

隆一に感じていたような気持ちを、再び持つってこと。

今、私が久遠さんと一緒にいて心地がいいのは、恋愛関係にないからだろう。

相思相愛を確かめ合っているような、〝恋人〟じゃないからだ。
きちんとした〝恋人〟じゃなければ、裏切られたところで傷つかないから。



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