眠れぬ王子の恋する場所
超至近距離からパシンという乾いた音が聞こえ、同時に脳が揺れるほどの衝撃を受けた。
殴られるのは、相手の女の子が手を振り上げた時点でわかっていたから、想定内だ。
とはいえ……ちょっとキツい。
痛みじゃなくて、周りからの好奇のまなざしが。
昼時のカフェで突如繰り広げられた、まさに昼ドラ的展開は、それまで落ち着いていた店内の雰囲気を張り詰めたモノに変えていた。
涙目で睨みつけてくる女の子に視線を戻しながら、今の平手打ちはオプションだなと考える。
私は無料でも構わないけど、あのお金にうるさい社長が黙ってないハズだ。
社長に話して、あとでプラスした金額を出してもらわないと。
隣に座る依頼人からの、ハラハラとした眼差しを受けながら、依頼内容を思い出していた。
今日の依頼は〝別れてくれない彼女を諦めさせるために、新しい彼女役として会って欲しい〟というもの。
依頼人は、今となりに座っている二十六歳の男性だ。
『最初は、優しくて明るい子だなぁと思ってたんです。いい彼女だなって。なのに、付き合って数ヶ月が経ったら急に気性の荒さが見えてきて……。
雨が降ってるってだけでイライラするって殴られたり、おススメだからって強引に貸された漫画を次会うまでに読めてないと蹴られたり……。耐え切れなくなって別れを切り出したら、拒否されまして……他に好きな子ができたって言ったら、連れて来いって……。
あの、本当にこんなお願い、受けて頂けるんでしょうか?』
依頼人が不安そうな面持ちで事務所に来たのは、先週のことだった。