眠れぬ王子の恋する場所
〝気性が荒い〟っていうのは、本当だな、とヒリヒリし出した頬をさすりながら思う。
平手打ちくらいはされるかもしれない……と心の準備だけしておいてよかった。
突然殴られたんじゃ、さすがに動揺して演技どころじゃなくなってしまったかもしれないから。
演技なんて得意じゃないし、騙してるんだって考えると罪悪感も浮かぶけれど、お金をもらっている以上きちんとしないと。
これは仕事だ。
「聞いていたとおり、本当にすぐに手が出ちゃうんですね」
ぶたれた頬に手を当てたまま、わざと蔑むような微笑みを浮かべ、続ける。
「彼、あなたのそういう部分に限界だって、言ってましたよ。ツラいから別れたいって。
でも……そんなに欲しいなら、譲ってもいいですけど……どうします?」
にこりと挑発的な態度で言った私に、女の子は顔中に怒りを広げる。
そして、真っ赤になって私を睨みつけてから「そんな男、いらないわよっ」と捨て台詞を残し、席を立った。
カツカツと小気味いいヒールの音が遠ざかり、お店から出ていく。
その様子を確認して、安堵と罪悪感が混ざる胸に息を落とす。
それから、社長に電話するためにバッグから携帯を取り出した。
こういう演技は苦手だ。
誰かを騙すのは仕事だと割り切っているつもりでも、どうもやりきれない思いが残る。
たとえ、救われる人がいるとわかっていても。
私が勤めるのは、〝オフィス・三ノ宮〟。
オフィスなんてついているけれど、いわゆる〝便利屋〟だ。
仕事内容は、イコール依頼人に頼まれたことだから一概には言えないけれど、たとえば、恋人のふりをして欲しいだとか、バイトが集まらなかったから入って欲しいだとか、恋人や家族を尾行してその日の行動を教えて欲しいだとか、様々だ。
ゴミ屋敷の片付けだとかの体力仕事よりも人間関係の手伝いが多いのは、三人という社員数に関係しているのかもしれない。