眠れぬ王子の恋する場所


「会社に、久遠さんみたいに生活力のない人がいるんです。その人、放っておくとご飯も食べないのでついつい口うるさく言ったり、自分のご飯をわけたりしてたら、すっかり世話焼きになっちゃったみたいです」

元彼のことがあって、他人なんてどうでもいい、絶対に信じたりするもんか、と心に決めてたっていうのに、吉井さんのせいで。

そう思い苦笑いをこぼすと、久遠さんに「そいつって、男?」と聞かれたからうなづいた。

「はい。久遠さんよりは年下ですけど、いい大人なのに体調管理ができなくて、無気力だし無表情だし、注意してもなにも響かない感じの……」

言い終わる前に手首を掴まれ驚く。

なにかと思って目を向けると、無表情な瞳があって……射抜かれたような衝撃を受けた。

なにも感情の浮かんでいない、ビー玉みたいな瞳。
それなのに、なにかを強く訴えているように……求めているように思えて、目が離せなかった。

「え……あの……?」

ぐるりと回る景色が、まるでスローモーションみたいに映った。
トン、と背中がなにかにあたり、それが床だと気付き……同時に、押し倒されたことにも気付く。

「急になにするんですか……っ」

さすがに我に返り見上げた先で、久遠さんはじっと私を見下ろしていた。

顔の横でそれぞれ押さえつけられている手が冷たくて、チラッとそこに視線を移す。

節くれだった指は驚くほど体温が低くて、押し倒された状態だっていうのに思わず凝視してしまう。

私だって冷え症でそこそこ冷たいはずなのに……久遠さんの指はもっと冷たかった。

不眠症なんて聞いたせいでひ弱なイメージがついてしまっているのか、男性らしい節くれだった指を意外に感じてしまう。


< 31 / 182 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop