眠れぬ王子の恋する場所
自分でも驚くくらいに平常心だったけど、理由はわからなかった。
ただ……瞳に弱さが滲んでいるようなこの人を、どうしても怖いとは思えなかった。
久遠さんは、私をじっと見てから口を開く。
「自分でもよくわからねーけど……おまえが……おまえ、名前なんだっけ」
「佐和です」
「佐和……なに?」
「佐和真琴」
「ふぅん。真琴か」と納得するように言った久遠さんが続ける。
「真琴が他の男の話題出すから、イラついて。なんか俺の方を向かせたくなった」
他の男……と考えて、ああ、吉井さんのことかと思う。
でも、吉井さんの話題を出してイラつかれる意味がわからない。
付き合っているわけでもなければ、会ってまだ数時間しか経っていないのに。
……もしかしたら、一緒にいる人間が他の人の話を持ち出すことが嫌なのかな。
御曹司って話だし、そういう自分勝手な部分はあってもおかしくなさそうだけど……。
それとも、独占欲が異常に強いとか、そういうことだろうか。
相変わらず感情の見えない瞳をじっと見上げていると、久遠さんが言う。
「気が変わった。おまえのこと、買ってやる」
「……え、買……え?」
「ここで抱かれるのとベッド、どっちがいい?」
するりと、頬を撫でてくる手の冷たさと、無表情の瞳のなかに宿る熱。
そのちぐはぐさになぜだかゾクリとした感覚が生まれ背中を流れ落ちる。
触れてきた唇も、舌さえも冷たいのに……瞳の奥だけが熱情を浮かべていた。