眠れぬ王子の恋する場所


「久遠さんっ、このパンすごいんですけど食べました? クロワッサンすごいんですけど」
「あ? どれ? クロワッサン」

「バターの香りが口の中に広がって消えてくまでの時間が絶妙だし、外はパリパリで中がもちもちしてて……初めてこんなおいしいクロワッサン食べました」

「だから、クロワッサンってどれだよ」

感動している私の手元を見て、「ああ、貝殻みたいな形のか」と言った久遠さんがパンの乗っているお皿に目を移し……それからギッと私を睨みつけた。

「おまえ、全部食べるなよ」
「小動物みたいにもそもそ食べてる久遠さんが悪いんですよ。その前に、クロワッサン知らないってちょっと怖い」

どんなにパンに興味なくても、数種類のパンの中でどれがクロワッサンかくらいはわかりそうなものなのに、久遠さんは何がなんなのかまったくわかっていなそうだった。

食パンくらいはわかるだろうけど……この様子だと、メロンパンは本当にメロンの果肉が入ったパンだと勘違いしてそうだなと思う。

「うるせーな。パンなんか全部小麦粉とかだろ。腹ん中はいれば一緒だ」

パンの乗ったお皿から、ベーグルを取りながら言う久遠さんに呆れて眉を寄せた。

窓際に置かれたテーブルには、温かい光がさんさんと照らしてきていて、気持ちいい。

引きこもりの久遠さんはさっきから眩しいのか目をしかめているけれど。

「そういう考え方だから、食事が楽しくないんですよ。ちなみに今、久遠さんが食べてるのはベーグルです」

「ベーグル……なんか、そんな犬がいたな。昨日おまえが犬のパズルがどうとか言うからネットで調べてたら出てきた」
「え……」


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