眠れぬ王子の恋する場所


「……わざわざ買ってきたのか?」
「まぁ、高いものじゃないですけど、ティーパックよりはいいかと思ったので。でも、よく考えてみれば急須がないなってさっき気付いて。
どうせだし、私買ってきます。久遠さんは仕事してていいですよ」

さすがに食べ過ぎたし、食後の運動にちょうどいい。

そう思い、バッグを手に取り席を立つと、久遠さんもおもむろに立ち上がりだるそうに首を回す。

「俺も行く」
「……え。百均ですけど」
「そこに急須が売ってんの? おまえが場所知ってんなら別にどこでもいいけど」
「でも、仕事……」

「どうせ夜眠れないから、今は時間が余ってる。問題ない」と言いながらドアに向かって歩き出す久遠さんに、そういえば不眠症だったなと思い出す。

本人が時間があるって言っているなら、外を歩かせるのも治療にいいかもしれない。

体内時計を合わせるためにも、日を浴びるのは有効的だってサイトにも書いてあったし。

そう考えながらひとりでうなづき、久遠さんのあとを追いかけた。


エレベーターに乗り一階に下りると、ロビーにいたボーイさんが久遠さんを見るなり、わずかに驚いたような表情を浮かべたあと頭を下げる。

「いってらっしゃいませ」

私は、ホテルってあまり泊まったことがないからよくわからないけれど……高級ホテルだと、お客さんに対して〝いってらっしゃいませ〟の挨拶は普通なんだろうか。

「久遠さんって、このホテルにどれくらい泊まってるんですか? 頻度とか、連泊とか」

ホテルを出たところで聞くと、久遠さんは前を見たまま表情を変えずに答える。

「今回は、十日目くらい。頻度は……わかんねーけど、たぶん年に数回」
「え……そんなに? まさか、家がないんですか? その前に、家っていう概念ありますか?」



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