眠れぬ王子の恋する場所
今は興奮しているから、あんな風に言ったかもしれないけれど、時間が経てば気持ちも変わるんじゃないかな。
それを心配していると、社長は封筒の中からお金を取り出しながら答える。
「まぁ、可能性はなくはないけど、そこまで考えてやることもないだろ。頼まれたのは、別れを受け入れさせて欲しいってことだけだし。契約終了だ」
お札を数えながら言う社長の口元には笑みが浮かんでいる。
「しっかし、一時間三千五百円って設定、最初は高すぎたかと思ったけど、案外、依頼してくるヤツはいるもんだよなぁ」
「レンタル彼氏が一時間五千円からって話ですからね。それに比べたら……まぁ、やってる内容も違いますけど」
レンタル彼氏や彼女がしてくれるようなことは、何ひとつしない。
頼まれれば、買い物ぐらいなら付き合うかもしれないけれど、接触は断ると社長に厳しく伝えてあるし、社長からも『法律的に色々面倒だから、たとえ相手がどんなにタイプだろうがやるなよ』と下品な言葉で止められている。
『依頼人相手にそんな感情が生まれた時はタダでやれ。完全なプライベートとして。いいな』なんて重々言われたときにはセクハラだと思ったけれど。
こういう仕事上、そのへんの線引きは最初にきちんとしておかないとマズイんだろう。
「相談料として千円、今日二時間の同行費用として七千円、成功報酬として一万。……で、平手打ち分として一万か」
一万円札をピンと弾きながら社長が笑う。
「やっぱり、佐和を雇ってよかった。女手が欲しかったんだよなぁ。派手じゃなくて見るからに普通って感じのヤツが。
彼氏役依頼されても吉井がこなすけど、さすがに彼女役させるのは無理があったから。あのとき、ハローワーク前で肩落としてるおまえ拾ってよかった」
『派手じゃなくて見るからに普通って感じ』と『拾って』という表現に引っかかりつつも、否定はできずにいると。
「もっと言えば、佐和が、元彼に退職に追いやられた上、金持って逃げられてよかったよ」
まだまだついて日の浅いキズをえぐるような言葉を言われて、苦笑いがもれた。