眠れぬ王子の恋する場所
「あいつが、十歳だかそれくらいのときにって聞いた。……それでも、あいつの不眠症は治らない」
「……そうなんですか」
相づちだけ打ち、止まっていた手を動かす。
不眠症の原因が母親だとして。
でもその母親と顔を合せなくなったからといって、症状が改善するものでもないんだろう。
精神的なものは、私が考えるほど簡単じゃないんだろうなぁと考え、久遠さんの顔を思い浮かべる。
ずっと、眠れない恐怖や不安とひとりで向き合ってきたんだろうか。
ずっと、あんな顔色でふらふらしながら部屋にこもって過ごしていたんだろうか。
そう考えると、じくりと胸の底が痛んだ。
「そういえば、新しいバイトの子って、いつからですか?」
私のいない時間を補填する感じだって話だったけど……もう今オフィスにいたりするのかな。
だとしたら吉井さんはふたりきりで大丈夫かな、と思い聞くと、社長がニヤッとした笑みを浮かべる。
「もう来てるんじゃねーの。短期バイトだから、性格とか特に気にしなかったけど、結構インパクト強いかもなー。キャーキャーうるさそうだし、今時の若者って感じで、吉井とかは苦手そう」
「え。じゃあ、吉井さん、今ふたりきりじゃないですか……。のんびりランチしてないで戻ってあげてくださいよ」
「まぁ、吉井も仕事はちゃんとするやつだから。バイトの相手もそのうちだって思ってるだろ」
社長はもう半分ほどになったパスタを食べながら「でも、もう戻るわ」と言う。
「久遠がおまえのことなんでだか気に入ってるみたいだし、俺からもちゃんと頼んでおきたかっただけだから」
今日のランチが、そういう意味合いで誘われたものだと初めて知って驚く。
社長は口はよくないけど……結構、友達思いなのかもしれない。
「まぁ、悪いヤツじゃねーから仲良くしてやって」
笑顔で言われ「仕事ですから、きちんとします」と一拍遅れてから答えた。