眠れぬ王子の恋する場所
エレベーターを32階で下り、そこで社長と別れて3203号室のインターホンを押す。
相変わらずインターホンを押してからドアが開くまで時間がかかる。
気の短い宅配便のおじさんなら、不在通知を入れてるところだ。
シンとした静かな廊下に、ガチャ……とドアが開く音が響くと、久遠さんが顔を見せた。
「こんにちは」
私をじっと見たあと、久遠さんは「入れ」とだけ言い背中を向ける。
部屋に入り、お茶を入れいつもの定位置に座ったところで、久遠さんが口を開いた。
「昼飯、どうだった?」
ローテーブルの上に広がっているのは、風景画みたいなパズルだった。
それを軽くはけ、空いたスペースにお茶の入ったカップを置きながら答える。
「おいしかったです。さすが高いだけあるって社長も言ってました。でも、金額オーバーになるからデザートは頼むなって何度も言われましたけど」
久遠さんがくれた一万円の食事券は、ふたり分のパスタランチでぎりぎりだったらしい。
ランチひとり分が五千円か……と考えると、やっぱりすごいレストランだったんだなぁと思った。
「あいつ、本当に身銭切るのが嫌いだからな」
ふっと笑った久遠さんがお茶に手を伸ばす。
男の人にしては綺麗な指がカップにかかり……それを何気なしに眺めてから、ハッとして目を逸らした。
昨日、ここで押し倒されたことを思い出してしまって。
頭のなかに浮かんだ、久遠さんの色気を含んだ表情とか優しく触れてきた唇の感触とか、そういうものを慌てて振り落した。