眠れぬ王子の恋する場所
足早に私のデスクに近づいてきた石坂さんに、苦笑いを浮かべる。
聞いていた通りのズカズカと踏み込んでくるようなハイテンションに、これは吉井さんが嫌がるはずだな、と内心思いながら答えた。
「あー……どうですかね。好みもあるし、一概にはなんとも。でも、久遠さんのことなら社長のほうが詳しいし、社長に聞いてください」
目の前までくると、女の私でも香りの強さに、う……っとなる。
その香りも質問も投げたくて社長の名前を出すと、石坂さんは「えー、だって社長、昨日聞いても教えてくれなかったんですもーん。ねー?」と不満そうな声を出して社長を見た。
「ん? いや、まぁ……そういうのは、佐和のいうとおり個人的な意見でしかないからな。それより、石坂。顧客の名前とかは基本的に保守義務があるから、その調子で第三者に口外とかは……」
「ああ、しませんよ。そんなこと。私だってそれくらいわかってますってー」
ケラケラと笑う石坂さんに、本当かな……と不安になったのはたぶん、私だけじゃないと思う。
言葉を遮られたまま黙っている社長も、石坂さんが来てからずっとタブレットに視線を固定している吉井さんも、同じような不安を抱いているはずだ。
まぁ……でも、守秘義務のことは面接時に社長が話してるだろうし、私が心配することでもないか。
明るく笑いながら、私の隣のデスクにバッグをどんと置いた石坂さんに、そこに座るのか……とげんなりしていると、社長が「佐和」と呼ぶ。
「はい」
「今日も久遠とこな。呼び出し入ってるから」
「ああ……はい」