眠れぬ王子の恋する場所


「いや。久遠から佐和を指定して入ってるから。石坂には任せられない。悪いな」
「えー……でも、今日いきなり行っちゃえばどうにでもなるんじゃないですか? 私、初対面の人とでも全然話せますし。私行きますよ」

石坂さんのポジティブさにか、それとも図々しさにか。
吉井さんは〝こいつマジで言ってんの?〟とでも言いたそうな顔を上げ、またタブレットに視線を落とす。

社長は完全に呆れきったような笑みを浮かべていた。

「あー……悪いけど。久遠、気難しいヤツだし、うちの会社としてもせっかく入った依頼だし指定通りにしたいから」

そこで一度言葉を切った社長が私を見る。

「だから佐和、行ってやって」
「あ、はい」

短く返事をして、バッグを持ち立ち上がる。

パソコンを起動させちゃったけど、もし久遠さんところから直帰ってなっても、吉井さんが気付いて落としてくれるだろう。

そう判断し、「行ってきます」と一歩踏み出したとき。

視界が大きくぶれ、思わず、今まで座っていた椅子に手をついてしまう。
キャスターつきの椅子はそのまま少し進み、そのせいでバランスを崩しその場に崩れ落ちてしまった。

急に動き出したからだろうか。
心臓が、激しい運動のあとみたいにドキドキとうるさい。

「佐和さん? 大丈夫?」

吉井さんが心配する声がする。
それに答えようと口を開けるのに……声が出ない。

急に襲ってきた頭痛と、ぼんやりとぼやけた思考回路に、言葉も行動も邪魔され、なにもできなかった。

あれ……? ずっと寒いって思ってたけど、本当は暑かったのかもしれない。だって、喉を通って出ていく息が、熱い。

グラッと大きく視界が揺れる。

「佐和――」

社長の声と、椅子がガタンと倒れる音を最後に、意識が遠のいていった。




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