眠れぬ王子の恋する場所
「俺が錠剤喉に詰まらせて咳き込んでるのを、母親はニヤニヤして見てた。それ以来、錠剤が飲めなくなったし、寝るのも怖くなった。
錠剤は口に入れただけで苦しくなって吐き出すし、ベッドに横になっても、寝てる間にまた薬詰め込まれる気がして……たぶん、そのへんがきっかけで不眠症なんだろうな」
抑揚のない声で告げられたことは、紛れもなく久遠さん自身の話なのに、久遠さんはまるで他人の話でもするみたいに淡々と話していた。
どうでもいいみたいに。……ちっとも、どうでもいい話なんかには思えないのに。
ああ……そうか。
もしかしたら久遠さんは、お母さんに子守唄を歌ってもらったことも、お伽話を話してもらったこともないのかもしれない。
だから、私が〝歌うなり話すなり〟って言ったとき、わからない顔をして『歌うとか話す? おまえ、今から寝るんだろ』なんて返したんだ。
「咳き込みながら『ふざけんな、このばばぁ』って睨んだら殴られた」
「えっ」
驚いて思わず声を上げた私に、久遠さんはわずかに笑った。
「今思うとあいつ、結構やばかった。なんで結婚したのかわかんねーけど、親父が離婚したおかげで縁が切れてよかった」
「……なんで、そんな悲しい話するんですか」
間違っても熱を出しているときに、ベッドで横になりながら聞く話じゃない。
そう思いげんなりとしていると、久遠さんは「おまえがしろって言ったんだろ。昔話」と文句みたいに言うから口を尖らせる。
「だってまさか自らの昔話を始めるなんて思わないし……」
ゆっくりと視線を上げた久遠さんと目が合う。
感情の浮かんでいないいつも通りの瞳をじっと見つめ……しばらくそうしたあと、口を開く。