【短編】はじめまして
事故からまる二年。
今日が何度目の記憶喪失かわからない。
今日の夜に僕が流す予定の涙も、何度目かわからない。
悠妃が記憶を失くしたときは、いつも事故から三日間だと言っている。
そうであってほしいという僕の願望だ。
最初は高校以降の記憶だけだったのに、回数を重ねるごとに中学、小学校後半、小学校前半、そして生まれまで、忘れる量が増えていく。
今日はついに自分の苗字も思い出せなくなっていた。
そして記憶を失くす頻度も半年から数ヶ月、一ヶ月、と短くなっている。
今日の記録は六日。
ついに一週間を切ってしまった。
そんな感じだから、今では専ら入院生活。
体のどこも悪くないのに、記憶だけが飛ぶのだ。
神様でも仏様でも、悠妃の記憶喪失が治せるのならなんでも信じよう。
お願いだから治してください。
何度願っても、結局、今日みたいになる。
でも最近の悠妃は、以前よりも記憶を失くした時に僕を警戒しなくなった。
まるで自分が記憶喪失であることが当たり前かのように、落ち着き払っている。
「わたしたち、結婚するの?」
「するよ、そう約束したから」
「そっか」
悠妃は短くため息をついた。
「なんか安心した、わたしは憶えてなくても、わたしはちゃんと生きてるんだね」
悠妃が、悠妃らしくないことを言う。
こうなる前の悠妃はもっと活発で、楽観的で、芯が強くて、弱い部分なんて全然見せなくて。
僕はそんな悠妃に助けてもらってばかりだった。
次の日も、また次の日も、悠妃は結婚について確認してきた。
そんな悠妃のために、僕は婚姻届と結婚指輪を用意した。
案の定、その次の日も結婚について聞いてきたから、僕はサイン済みの婚姻届と指輪を悠妃に渡した。
悠妃は喜んで婚姻届にサインし、指輪をはめてうっとりとした。
翌日、僕は役所に婚姻届を出して病院へお見舞いに行った。