【短編】はじめまして
悠妃のベッドは病室の一番窓側。
いつもは空いてるベッドのカーテンが、今日は閉まっている。
少しカーテンをめくると、悠妃と目が合った。
「おはよ」
悠妃は微笑んで、「どうも」と会釈をした。
その行動に僕の背筋が凍る。
「今日はどちらのお見舞い?」
「ああ…えっと…」
とっさに何も言葉が出なかった。
「あ、ごめんなさい、はじめまして…よね?」
悠妃の言葉に持ちたくもない確信を持ってしまった。
「そう…ですね」
また記憶が消えた。
今度は四日。
「わたし、なんかぼんやりしてて、大切なことを思い出せない気がするの」
悠妃はそう言って、笑顔とも泣き顔とも取れない顔をした。
「その話、詳しく聞かせてもらっていいですか?思い出すきっかけになるかも」
僕はそう言って、カーテンの中に入ってベッド脇の椅子に座った。
悠妃は僕の顔をじっと見て、記憶を探っているようだった。
「その指輪、きれいですね」
「え?」
悠妃は今気付いたように自分の左手を見た。
「ほんとだ…」
そう呟きながら、悠妃の顔は暗くなる。
僕は思わず悠妃の左手を握った。
「悠妃、この指輪は…」
「黎都」
悠妃が僕の名前を呼んだことに心底驚いた。
今日はまだ名乗ってない。
「わたしと結婚してくれる?」
その顔は、記憶を失くす前の悠妃だった。
久しぶりに見るその表情に涙が溢れ出て、どうしようもなかった。
「……もう、してるよ」
そう言うのが精一杯だった。
「そっか、そうだったね」
悠妃は笑って、僕の手を自分の右手で包む。
やっと、記憶が戻ったんだ。
奇跡は起こるんだ。
僕は悠妃を抱きしめて、二年ぶりの幸せを噛み締めた。
「結婚式いつ挙げる?うちは多分いつでも大丈夫だけど、黎都の家族にも予定聞いておかないとね」
僕は悠妃の言葉に、悠妃を抱きしめていて良かったと思った。
今の僕の顔は悠妃には見せられない。
僕は一人っ子で施設育ち、家族はいない。