君に捧ぐは、王冠を賭けた愛。
「はじめまして。
音楽が聞こえてきたから気になって」

そう返すと、おじいさんはこちらに、にこりと微笑んだ。
とっても優しそうで、素敵な雰囲気の方だ。

「ほう、そうかい。

よかったら一曲歌ってみないかい?
最近は歌ってくれる人がいなくてね。
寂しいんだよ」

「歌、ですか?」

そういえば、ここに来てから一度も歌ってなかった。
慌ただしくて、それどころではなかったからね。

けど、よみがえってくるのはあの駄目出しの嵐。

楽しんでもらわなきゃ。
気持ちを伝えなきゃ。

そんなプレッシャーに押し潰されそうな心までもが思い出される。

黙りこんだ私に、おじいさんはまた微笑みを向けた。

「歌うのは苦手かい?
なに、気にすることはない。

この町には古くから音楽の精霊が住むと言われておってな。
皆その精霊を愛しておる。
この町の暮らしにとって、音楽は身近なものなんじゃ。

息を吐くように音楽が生まれる場所じゃ。
お嬢ちゃんが楽しめるように、気軽に声を出してみたら良い」

私が?
私が音楽を楽しむの?

お客さんじゃなくて?

…。

そんなの、考えたことなかった。

おじいさんの言葉に、はらはらと胸のつっかえがとれていく。
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