カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない【番外編】
モニカはたいへんな努力家だ。そして内気な性格ゆえ、その努力も苦労もすべてひとりで抱えてしまう。リュディガーはいつだってそんな婚約者のことが気掛かりだった。
だから、彼女が習得に苦労しているリトリア語を自分が教えると決めたとき、ようやくリュディガーは自分に出来ることを見つけられた気がした。
ゲオゼルから女官や教師を派遣もしていたが、やはり自らが直接何かしてやれるのは嬉しい。月に一、二度とはいえ直接様子が見られることも、勉強と称して三日ごとに手紙をやりとり出来ることも、リュディガーの安心に繋がった。
「俺の婚約者は頑張り屋なんだ。それも意地らしいほどに。あんなに華奢で細い身体のどこにそんな強さがあるのかと感心する。けど、心配になるのも夫として当然だろう? 彼女が倒れたと聞いたときは血の気が引いたさ。もう二度とあんな思いはごめんだな」
ルイーブ宮殿の広大な庭園。そこに有する乗馬場の西に皇室専用の厩舎があり二十頭余りの馬を管理する馬房がある。
日が昇ってすぐの早朝。リュディガーは愛馬のロザリーに馬房でブラシを掛けながら、楽しそうに語りかけていた。
漆黒の毛並みが美しいロザリーは賢く、主の話を聞いているように時々瞼を伏せる。そして彼の手が鼻面を撫でてやると、甘えるように鼻を鳴らして顔を擦り寄らせてきた。
まだ人の少ないこの時間帯、リュディガーは時々こうして厩舎にやって来て愛馬と戯れていた。彼の数少ない楽しみの一つだ。
昔からリュディガーは外出の際には好んで牝馬に乗る。牡馬に比べると体力はやや落ちるが、賢く扱いやすいところがいい。特にお気に入りは馬体が美しくしなやかに見える黒い馬で、二年前からはこのロザリーがもっぱらの愛馬だ。
外では年取った厩務員が藁の積み下ろしをしていたが、厩舎の中は馬たちとリュディガーだけだ。時々馬がいなないたり蹄で藁を掻いている以外は、リュディガーの声しかしない。
彼はこの静かな馬との対話の時間が好きだった。宮殿では己の大き過ぎる立場故、気軽に胸の内など喋れない。
ただ静かに耳を傾けてくれる愛馬との時間は、皇帝にとって大切な心安らぐ時間なのだ。