カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない【番外編】
「けど、最近は会うたびに顔色も良くなっているし、笑顔も増えてきている。それに、俺のために茶菓子を焼いて待っていてくれるんだ。モニカが焼くビスケットは本当に美味だ。俺はあれ以上に美味い菓子を知らない」
ロザリーの首筋をブラッシングしながら、リュディガーはうっとりと目を細める。
彼は分かっている。最高に美味に感じるのはただ味覚の問題だけでなく、そこにふたりの思い出が詰まっているからだと。だからこそ、彼にとってはあの素朴な半月型のビスケットが世界で何より美味い菓子だ。
「……モニカはこれからも、俺のために菓子を焼いてくれるだろうか」
ぽつりと呟き、リュディガーはブラシを持っていた手を降ろした。ロザリーが彼の様子を窺うように、首を傾げる。
再会をしてから今日まで、リュディガーはモニカのためにたくさんのことをしてきた。しきたりの多いゲオゼルの婚姻儀式で彼女が困らないように、信頼出来る女官や教師を送ったり、帝国史や儀礼の教本を贈ったりもした。ダンスと乗馬のレッスンもするというので、ダンス用の靴と乗馬馬も数頭手配させたほどだ。
そして、彼自身も忙しい合間を縫って自らリトリア語の講師も務めている。
自分が出来ることならなんでもモニカにしてやりたかった。あの壊れそうに儚い少女を、ただ大切にしたいという想いと。自分が尽くすことで少しでも心を寄せてもらえるのなら、という切なる願いと。
そんなふたつの想いで尽力してきたリュディガーに、ようやくモニカが心を開き始めてくれたのは、ごく最近のことだ。
ふたりの思い出のひとつであるビスケットをモニカが焼いてくれたとき、リュディガーは高鳴る鼓動が抑え切れないほど感激した。一度はあきらめたのだ、心変わりした彼女が自分のために菓子を焼いてくれることを。
思いもよらぬサプライズをくれた愛しい婚約者を、抱きしめてキスしてしまいたかった。腕に閉じ込めてずっと『愛してる』と囁き続けたかった。
けれど、強引なことをしたら臆病なモニカに嫌われてしまうだろう。リュディガーは昂ぶる気持ちを抑えつけて、感謝の気持ちを彼女に伝えるだけに留めた。
それからも講師に行くたびにモニカは思い出の菓子を焼いてくれた。それは否が応でもリュディガーの期待を高めてしまう。
(モニカは、再び俺と恋をしようと思ってくれているのだろうか)
考えるだけで、胸がトクトクと疼く。
思い出の菓子を焼き、微笑みかけてくれるようになったことが、気まぐれではないと祈りたい。
これからも、結婚しても、何年経っても。モニカとの静かで優しいティータイムが過ごせるようにと、リュディガーは密かに願う。