カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない【番外編】

そのとき。コツコツと外の石畳を歩く靴音が聞こえた。リュディガーはハッと顔を上げ、ロザリーのたてがみに結んだままにしてあったリボンを慌ててほどく。すると。

「おはようございます、陛下。今日も馬の手入れとは、愛情深いことで」

厩舎をヒョイと覗き込み、ショールとボンネット姿の女性が軽快な声をかけてきた。

「なんだ、きみか。おはよう、アデリーナ」

リュディガーが眉尻を下げて息を吐くと、アデリーナは躊躇もなく中へ入りロザリーの馬房の前までやって来た。

「まあ、ロザリーったらピカピカですこと。あまり愛馬にばかり手を掛けていると、宮殿中の女性がやきもちを焼きますわよ」

「馬とふれ合うことはセラピーになると、きみが勧めてきたんじゃないか。医師が患者に推進したことを忘れるのは感心しないな」

「ほどほどに、ということですわ。本当に陛下は真面目なんだから」

紅を塗った唇を大きく開けて笑うアデリーナは、無遠慮で豪快だ。黙っていれば見目麗しい淑女なのに、性格は男に近い。

けれどリュディガーはそんな彼女のことは、決して嫌いではなかった。
彼女の祖父であるオスカーは、リュディガーが幼少の頃から世話になった前皇室侍医だ。オスカーは腕前と医学の知識は相当のものだったが少し変わり者で、自分の秘書に孫のアデリーナを使っていた。

幼い頃、リュディガーにつけられた傅育官はとても厳しく、過酷な軍事教育のせいで彼は傷の絶えない少年だった。そんな少年時代のリュディガーの治療をしていたのが、オスカーとアデリーナである。

リュディガーより十歳年上のアデリーナは、優しい姉、というより発破を掛ける兄のような存在であった。

『今日も傷だらけございますねえ。ちょっと染みるお薬を使いますけど、皇太子殿下なら我慢出来ますわよね? まさか将来の皇帝陛下が、薬が染みたぐらいで騒ぐようなみっともないお姿を見せる訳がありませんものね?』

彼が大の負けず嫌いだということを知っていて、アデリーナはそんなことを言っては正確だが繊細ではない手つきで治療を進めた。リュディガーがやたら我慢強い性格になってしまったのは、このせいもあるかも知れない。

昔からそんな調子だったので、リュディガーはアデリーナにいまいち強く出ることが出来ない。成長しリュディガーは皇帝になって、アデリーナは結婚し二児の母になったというのに、ふたりの関係性は子供の頃のままだ。
 
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