カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない【番外編】

このとき出来てしまったふたりの溝は、しばらくリュディガーを苛んだ。

それからもリトリア語の授業は続いていたが、以前のような親密さには戻れなかった。どことなくぎこちない空気が、常にふたりにつきまとう。

そして修復の兆しを見せないまま、ついにモニカの輿入れが始まった。

ゲオゼルに嫁ぐ花嫁は故郷をひとりで出発し、ゲオゼルの従者と共に輿入れをする。長年受け継がれてきたゲオゼルの婚姻儀礼だが、ただでさえ緊張して心細い花嫁にとっては、孤独とプレッシャーに押し潰されそうになるつらい旅だ。

リュディガーは皇帝の身でありながら、あまりこの儀礼を良しと考えていなかった。ゲオゼルの式典にまつわる儀礼は、ただでさえ多く複雑だ。それらの最初の一歩である輿入れを、花嫁ひとりで務めさせるのは酷としか言いようがない。

輿入れの従者には、皇帝副官や女官長、執事長や宮廷顧問官など信頼の置ける者を数多く配属してある。けれどそれでも、やはり自分が側にいて支えてやりたかったと、リュディガーは思わずにはいられない。

きっと今頃、モニカは各都市を回っては堅苦しい儀礼通りにうんざりするほどの挨拶をさせられ、疲れていても笑顔で手を振らされているのだろうと思うと、気が気ではなかった。

頑張り屋の彼女は疲れたとも言い出せず、青ざめた顔に必死に笑顔を浮かべているのではないだろうか。女官長は頼りになるが、モニカの繊細な心情までは汲んでくれるだろうか。しっかり睡眠と食事はとれているのだろうか。考え出すときりがない。

いっそこんな儀礼は自分の代で撤廃してしまえば良かったと後悔も湧くが、自分の心情だけで五百年以上続いてきた儀式を途絶えさせるのは、国家君主としてさすがに許されるものではなかった。

リュディガーの双肩には五百年以上の歴史と四千万以上の民が、常に圧し掛かっている。それはアルムガルド家の長兄として生まれたときから当たり前に享受してきたが、今彼は生まれて初めてこの立場をわずらわしいと感じていた。
 
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