カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない【番外編】
「俺は今から花嫁のもとへ向かう。心身ともに困憊し、不安に震える妻を支えてやるのは夫の役目だ。しかし、皇帝である責任を放棄するつもりもない。明日、夜が明ける前には必ず戻る。儀式は予定通りに行う、問題はない」
一切の躊躇も見せず言い切った君主の姿に、大臣達は口を噤まざるを得なかった。
この年若い皇帝の決断力と実行力には並々ならぬものがある。だからこそたった五年で名君と称えられるほどの改革を成し遂げられたのだ。
もはや異を唱えられない雰囲気の中で、ひとりの年老いた大臣が心配そうに口を開いた。
「陛下。どうしてもとおっしゃるのなら、せめて馬車をお使いください。急ぎ、用意させますので」
周囲の者もそれに同意し一斉にコクコクと頷く。けれどリュディガーは彼らに向かって、フッと口角を上げて見せた。
「俺は十六歳で騎兵師団少将になった男だぞ。馬の扱いでお前達に心配されるほど、腕は落ちてはいない。安心しろ、俺だって三日後の結婚式で顔に傷があるようなみっともない花婿になるつもりはない」
余裕の笑みを浮かべ、リュディガーは踵を返し颯爽と部屋から出ていく。その後ろ姿に、もう彼を止めるものは誰もいなかった。
公館を出ると命令通り、侍従長がいつでも出発できるようにと馬を準備していた。もちろん、彼の愛馬ロザリーだ。
「ご苦労」
黒い外套を羽織ったリュディガーが鞍に跨ると、同じように馬に乗ったブルーノがやってきた。
「陛下、お供致します」
彼の後ろにはすでに馬に乗って待機している衛兵や侍従らもいる。君主の突然の行動にも従順に迅速に対応する側近を、リュディガーは満足げに見やった。
「飛ばすぞ、ブルーノ。今から日が沈み切る前にモニカのいる司教館まで行く」
「でしたら西の交易路を使いましょう。明るいうちならば、あれが最短ルートです」
頷き、リュディガーは馬を走らせ出す。それに続いて護衛も一斉に出発した。
日は西の空に沈みかけている。馬を走らせる皇帝一行の影が、東に伸びかけていた。