カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない【番外編】
司教館に到着したモニカは晩餐会を済ませたあと、この後に行われる司教や辺境伯、祝福に駆け付けた地方名士らとの挨拶に備え部屋で休憩をとっているという。
空が暗く覆われる前に司教館に着いたリュディガーは、馬を侍従長に預けるとブルーノと共にさっそく中へと入っていった。
突然の皇帝の訪問に、衛兵らは目を白黒させて慌てふためいたが、ブルーノがお忍びであることを伝え騒ぎにならないように取り成した。
二階の廊下で待機していると、モニカに取次ぎをした侍女が「お会いになるそうです」と伝えに来た。リュディガーはそれを聞いて、かすかに緊張を覚える。
モニカを心配するあまりここまで駆け付けてしまったが、彼女は自分の慰めなど欲しているだろうか。そんなリュディガーらしくないためらいが生まれた。
なにせ、三ヶ月前にエルヴィンの件で険悪になってから、ぎこちない関係は続いたままなのだ。
(ただの、自己満足かも知れない)
そんな自責の念も浮かんだが、リュディガーは思い切って扉をノックする。
けれど、そんな躊躇は部屋に入った途端、吹き飛んだ。
「陛下……! いかがなされたのですか?」
部屋の中央に立ちアンバーの瞳を大きく見開いてこちらを見つめるモニカの姿に、胸の奥がぎゅっとしめつけられた。扉を閉め、彼女の前まで静かに歩み寄る。
「何かあった訳ではない。あなたの様子を見に来ただけだ」
「……え?」
無意識に手を伸ばし、色の悪いモニカの頬を撫でていた。陶器のように滑らかな肌が、ひんやりと冷たい。
しきたりに従ったトレーンの長いディナードレスは、まるでモニカの足元を重く引っ張っている枷に見えた。ただでさえ華奢な肢体が、大げさなドレスに潰されてしまいそうだ。
淡雪のように白い肌は疲れて青ざめており、寝不足のせいか、それとも人知れず泣いたのか、目は少し赤く腫れていた。
「祝祭事とはいえ、慣れていないあなたにとっては苦労も多いだろう。疲れているのではないかと思い、様子を見に来たんだ」
そう声をかけると、強張っていたモニカの顔がみるみる泣き崩れていった。
「ありがとう……ござ……」
礼を伝える声が、途中で嗚咽に呑みこまれる。リュディガーはたまらず彼女を腕の中に抱き寄せた。
一瞬でも、彼女が自分の慰めを不要に思っているのではと考えたことを猛省する。
(このか弱い少女を、他に誰が守ってやると言うんだ。夫である俺の役目じゃないか……!)
しきたり、儀礼、責任、重圧。たったひとり、この細い肩にそれらを乗せてモニカはここまで旅をしてきた。まだ十八歳の内気な少女が、どれほど心細かっただろうか。
リュディガーは今日までモニカとの仲を修復してこなかったことを後悔した。せめて彼女がリュディガーに心を開ける状態だったなら、ここまでひとりで苦労を抱え込むこともなかったはずだ。
繊細で内気で、だからこそ清純で美しいモニカに恋をしたくせに、その壊れやすい心を守ろうとしなかった自分が腹立たしい。