カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない【番外編】
このユーパリア城は、クラッセン家のカントリー・ハウスだ。手入れが行き届いていて、公爵の身分が持つに相応しい大きさもある。
応接室はダマスク柄の緑の壁紙や、白い大理石の暖炉、四葉飾りのカーペットなど、最近の流行で揃えていて馴染みやすい雰囲気を醸していた。
しかし、人払いをしてふたりきりになった状態で、モニカとの間に漂う空気は苦痛なほど張りつめていた。
向かいの席に座ったモニカは、今にも泣き出しそうなほど緊張している。
あまりにも強張った表情を崩さないので、もしや彼女は怒っていることを自分に伝えたくてわざとぎこちなくしているのかと、リュディガーは考えた。しかし、問い掛けても返ってきた答えはなんだか的を射ないものばかりだった。
会話も妙に噛み合わず、モニカはろくに目も合わせてくれない。
再会した瞬間、溢れ出んばかりだったときめきが、今はその大きさのまま失望へと変わってきている。
悔しい、とリュディガーは思った。五年間この日を待ち侘びて胸を焦がし続けた想いを、どうしていいか分からない。
『ルディ』ともう一度呼んで欲しかった。頬を染めはにかんで笑いかけてくれると信じていた。どれほど彼女の作る菓子が恋しかったことか、もう一度リボンを結ぶ約束をどれほど楽しみにしていたか。すべてぶちまけて強く抱きしめたら伝わるだろうか。
そんな馬鹿げた衝動で思考が埋まってしまう。
「陛下、まもなくお時間です」
「分かった。今行く」
ブルーノが教区教会に行く時間を知らせに来ると、リュディガーは冷静になろうとひとつ息を吐きだし、立ち上がってモニカに手を差し伸べた。
紳士ならば婚約者にする当然のエスコートだった。けれど、モニカは眉尻を下げてソワソワするばかりで、その手すら取ろうとしない。
胸がズキリと痛む。まるで婚約者として拒否されたような気分に陥った。
「手をとりなさい。これはマナーだ。遠慮をするものではない」
つい、口調が厳しくなってしまった。ハッとしたときには遅く、モニカは明らかに怯えた表情を浮かべる。
――どうして……。
リュディガーは眉間に皺を寄せる。今日は最高に幸福な一日になるはずだったのに、どうして自分はこんなに苛立っているのだろうか。どうして最愛の婚約者に優しい声をかけてあげられないのだろうか。
そして、どうして。五年前はうれし涙を浮かべて求婚を承諾してくれたモニカの心が、今はこんなに離れてしまっているのだろうか。
リュディガーの腕に、ふれるかふれないかぐらいに手を添えてエスコートされるモニカは、隣にいるのに途方もなく遠く感じられた。