カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない【番外編】
「――五年は長過ぎたかも知れないな」
教会へ向かう馬車にモニカとふたりで乗り込んでから、リュディガーはしばらく考え、そう結論付けた。
「十三歳から十八歳にもなれば、心が変わっても不思議はない。少女の頃の思い出など、今のあなたから見れば馬鹿馬鹿しい戯れに過ぎないんだろう」
口にしながら、リュディガーの胸はキリキリと痛む。
五年前の夏の思い出は、彼にとって人生で一番の宝物だ。あんなに幸福で、甘やかで、胸ときめく時間は他にはない。
あれから何年時間が流れようとも、皇帝に即位し多忙な日々に追われようとも、幾人もの女性から恋の誘いを持ちかけられようとも、モニカへの想いは決して揺るがなかった。彼女への気持ちは、崇高でさえあると思っていた。
けれど、モニカは違っていたのだ。
少女が十三歳から十八歳に移り変わることは大きい。思春期を経て、社交デビューをし、まさに子供から大人へと変貌していく時期である。
女性の多くはその時期に恋を学ぶだろう。結婚を意識し、異性を見る目も養われるに違いない。
そんなサナギから蝶へと羽ばたいていく時期に、男性や恋に対して思想が変わっていくのは、きっと当然なのかも知れない。
初めての恋だと思って頬を染めた思い出は、振り返ってみたら微笑ましい憧れだったこともよくある。年上の男性にレディ扱いをされて、夢心地に浸ってしまっただけだと。
大人になって冷静に考えてみたとき、モニカはきっとそう思ったのだろう。あれは恋ではなかった。ひと夏の、子供の戯れでしかなかったと。
昔から引っ込み思案な彼女は、本当はエルヴィンのような男が好きなのかも知れない。明るく励ましてくれて、彼女の笑顔を自然と引き出すような朗らかな男が。
リュディガーは自分の感情を鎮めるようにゆっくりと目を伏せた。
正面の席に座るモニカの姿を、今は見ることがつらい。
けれど、瞳を閉じようと、心に深く根付いた恋心まで簡単に閉じることなど出来ない。
モニカの心がもう自分には向いてないのだと分かっても、彼女の煌めくアンバーの瞳が他の男を映そうとも。
(あきらめられるはずが……ないだろう)
リュディガーは強くそう思う。
簡単にあきらめられる恋だったら、五年も待って求婚などしない。
モニカにとっては戯れでも、自分には生涯でただひとつの恋なのだ。