カタブツ皇帝陛下は新妻への過保護がとまらない【番外編】
「ねえ、兄さん。なんでモニカだったの?」
チェルシオからゲオゼルへ戻る蒸気船の中で、エルヴィンはわざわざリュディガーの客室までやってきて尋ねた。
「なんのことだ」
彼の言いたいことはわかっている。けれど、リュディガーはわざとそれを無視した。弟とその話はしたくない。
しかし屈託のないエルヴィンは無遠慮なほど率直に言葉にしてくる。
「なにって。だから、どうしてモニカを皇后に選んだのかってことだよ。今まで全然そんな素振りなかったじゃないか」
リュディガーは大きく溜息を吐いて、読みかけていた新聞を置いた。
弟は公の場では一人前の大公だが、家族の顔のときはてんで子供っぽくなる。皇帝の結婚問題など、宰相や皇帝副官でさえ無遠慮に口を挟めないのに、エルヴィンときたら好奇心の介入もいいところだ。
「俺がモニカ・ヘレーネ・クラッセンを選んでもなにも問題はないだろう。家柄も身分も宗教も国際関係も、なにも問題はない」
「それだけ?」
「だったらなんだと言うんだ」
エルヴィンは大きな瞳をじっと向けて、少年のように無邪気に人の心を覗き込んでこようとする。
けれどリュディガーは冷静にそれを見つめ返した。心の機微など読ませるわけがない。
表情を変えず見つめ返してくる兄の姿に、エルヴィンは「ふーん」とつまらなさそうに呟いて、くるりと背を向けた。そして部屋の椅子に勝手に腰かけ、頬杖をついて再び視線を向けてくる。
「つまんない理由だなあ。それだったら他にも候補になるプリンセスはたくさんいるのに」
しつこく食い下がってくる弟にリュディガーは眉間に皺を寄せたが、彼は意に介せず続けた。
「僕はモニカにずっと憧れていたんだよね。そりゃ、会ったのはもう五年も前の話だけどさ。でも僕に結婚適齢期が来たら、モニカも花嫁候補に入れるつもりだった。それがまさか、兄さんに先を越されるなんてね」
エルヴィンの口調は落胆しているようでも明るい。本音を冗談のように口にして気軽に相手に伝えるのは、彼の得意なことだ。
けれど、それが偽りのない言葉だとわかっているリュディガーの胸には、一気に不快感が燻る。