jewelry ice。
ようこそ、ジュエリーアイスへ。

彼のタカラモノ






「ジュエリーアイス?」

「シンク知らないのォ?下町15丁目の角の店だよおー。なんでもォー思い出探してくれんだってさあ」


興味ない、と言いきりたいところだったけど
それが本当ならば私も探してもらいたいものがある。
どうせ嘘だろうけど

それでも、ホントだったらって
希望が捨てられず

好奇心を後押しした。



友人の言っていた通り、下町15丁目の角の路地裏奥に『jewelry ice.』と書かれた看板が掛けられている。

看板のある黒い扉はいかにも胡散臭く、入る前になって少し物怖じしてしまいそうになる


やめようかと下げた手がもう一度ドアノブに掛かる、探してもらいたいものが脳裏を過ぎったのだ。


どうしても、私は

「…っ、す、すみません…!!」


探してほしいんだ。







シーン…。

「えっと、依頼ですか?」

明らかに苦笑いを浮かべた店員に顔が赤らむ
恥ずかしい、やっぱりやめればよかった

そんなことを考えていると店員の後ろから店長のような人が頷きながら出てきた
「探して欲しい物があるんだね?」

何もかも分かったような口調に何者なのだと凝視する
「いくらイケメンだからってそんな凝視されても困るよ」

色素の抜けた茶色掛かった金色の髪の店長らしき人はそれから変な紙を私に差し出した
「依頼書。」

差し出された古ぼけた紙に必死でペンを走らせる
『御依頼内容、彼の遺品から私への手紙を探して欲しい。』

書いてる最中に涙がぽろぽろ流れ落ちる
目前が滲んで、うまく書けない

思い出せば辛いからと遠のけた彼との思い出が胸の奥底からとめどなく溢れ出す


もう、逢えないと分かってるのに

いつまでも前を向けない自分が嫌になる



「依頼は受けたよ、明日またおいで。」

ハンカチと渡される受理書はにっこりマークが付け足されてて、少し笑う。


優しい店主と店員に送り出されて勇気を出したドアノブに再度手をかける。
ガチャリ扉を閉じた途端に強い風が私の頬を撫でてゆく

『ばいばい』

彼が私に最後に言ったあの言葉
あの時に吹いた風に似ていた。

その夜、私は久しぶりに彼に会った。





やっぱり、彼は許してはくれなかった。


土曜の朝にも関わらず、このぬるい目覚めの悪さに笑いすらこみ上げてくる

私の頬を伝う水はポタリ、下に落ちていった。

手紙なんて、あるはずない。


事故だった
唐突に奪われる、幸せな日常はものの1ヶ月程度だった

結婚目前、同棲してる部屋に届く不幸の知らせは今も耳の中でなりやまない


死ぬ前に、事故の前に手紙なんて書いてるはずない

あまりに突然だったから



向こうの親に遺品は全て奪われてしまった
もう私に彼の生きてた証は何も残ってない

だから、本当は存在しなくとも

その手紙を探して欲しかった



あるはずもない手紙の存在だけを信じて生きてきたけれど、そろそろ限界だ。

新しい婚約者も居るのに、彼にこだわってはいけないんじゃないか

そう思うのだ。


そんな私を彼は許してはくれないだろう
自分は不幸になったのに

私だけ幸せに

なっていいはずない。




「手紙、あったよ。」
店主に言われた一言に目を丸くする

「あるはず、」

ないと言おうとして口を噤んだ
目の前に差し出された紙の字は彼のものだったから
紙の宛名は私だったから








震える手で紙を捲る
書かれていたのは
殆ど滲んでいて


読めたのは

たった一つの言葉だけ


『幸せになって欲しい』

滲んだ字は私の涙でずっとずっと滲んでて、もう二度と読めない手紙を私は抱きしめた。

「愛されてたんだね、君も。彼も。」

にこりと笑う店主に


彼に、背中を押された。

『「いってらっしゃい」』



「行ってきます」

ようやく今の婚約者に向き合えた気がした
私の背中を押すように
空は曇一つない、快晴だった。
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