溺愛は突然に…
…彰人は、会社からほどなくの、隠れ家的な店に楓を連れていった。

ここは、完全個室で、人目につかない。泣いてる顔も、誰にも見られることはない。彰人なりの、優しさだった。

「…これ、飲めよ」

頼んだノンアルコールのカクテルを楓に差し出した彰人は、自分もビールを静かに飲んだ。

…何とか泣き止んだ楓は、ようやくカクテルを口にした。

「…美味し、です」
「…やっと、泣き止んだか」

無表情にそう言った彰人に、楓は萎縮する。

「…バイト、辞めるか?」
「…」

彰人の言葉に、楓は言葉を失う。

「…泣くほど辛いなら、バイトは続かないぞ」
「…辞めません…」

楓の言葉に、彰人は溜め息をついた。

「…無理する必要はないんだぞ?」
「…仕事はとても楽しかったし…社員の皆さんも優しい方ばかりで…続けたいです」

…実際、仕事は本当に楽しかった。陽翔とのことは、驚いたし、怖かったけど、社長としての陽翔は凄い人だと思った。

「…わかった」
「…彰人、さん?」

「…社長には、俺から言うから、楓は俺だけの指示に従えばいい」
「…社長に口答えなんて、彰人さんの、仕事に差し支えませんか?」

彰人の言葉に、すぐさまそう言った楓。

「…心配ない。この会社は、俺のものでもあるから」
「…え??」

意味がわからず楓は彰人を凝視した。

「…この会社は、俺と陽翔の二人で、大学の時に立ち上げた会社だから」

同じ学部の同級生だった陽翔と彰人。二人は意気投合し、話を進めていくうちに、とある知り合いが出資してくれて、起業した会社なのだ。
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