ごっこ遊び









家に帰ってから、お母さんに、「タケちゃんちに行ってくる」とだけ、告げてから向かった。

お母さんは、「受験生なんだから、あんまり迷惑かけないようにね」なんて言う。

お母さんは、わたしがタケちゃんに勉強を教えてもらっていると思っているらしい。だから、タケちゃんちに行くと言っても、嫌な顔はしない。
というのも、タケちゃんは小さい頃から近所の中じゃ、優等生だと評判だったからだ。今も昔も、それだけは変わらない。
お母さんがいないのに、偉いねって、最近ではそんな補足の言葉と一緒に褒められている。

タケちゃんの両親が離婚したのは、彼が高校生になったばかりの頃だから、わたしは何度もタケちゃんのお母さんに会ったことがある。
家族3人が、あの家の中で生活をしていたことを憶えているせいか、未だに父子家庭というイメージが似合わない。

だけどこんな時間にタケちゃんの家に行っても、タケちゃんのお父さんがいることは少ない。タケちゃんがひとりだけ、家の中に間違って取り残された人みたいにいるから、その度タケちゃんの家には、お母さんがいないんだと実感する。

近所の人が、偉いねと言うけど、寂しいとか、大変とか、辛いとか、タケちゃんは言わない。
だから、偉いことをしているのかもわからなかった。

インターフォンを鳴らすと、なにも言わずにドアが開いて、タケちゃんが顔を出した。

「ごめんね。ちょっと遅くなった」
「ああ」と言うと、先に階段をあがっていく。

さしていた傘を閉じて、立てかけた。放課後よりは雨脚は弱くなったけど、帰る頃には、雨がやんでたらいいな。

一階はどこも電気がついていないみたいで、真っ暗だ。階段と二階の廊下の灯りがやけに眩しく感じる。

「勉強してたの?」
「うん。一応ね」

タケちゃんの机の上には、参考書やノートが開かれたままになっていた。
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