マーメイドはホテル王子に恋をする?!
「こら、そこにいたら危ないぞ」


急に声がして、ビクッと背中が伸びた。
目の前に揺らいでいる海を見つめ、今のは何?と思う。


今の声は錯覚?
私が思いつめてばかりいたから幻聴が起きたの?


ザン…と音を立てて動く波を見遣り、きっとそうだ…と納得する。

そう言えばいつの間にか夕日が沈みかけている。
霞んだ水平線の彼方に薄い茜色に染まる太陽が小さくなっている。

このまま此処に居たって何かが変わる訳ではないのだ。
何も変わらないのなら暗くなる前にこの場所を去ろう。
いつまでも居たら潮を被ってしまい、髪の毛も肌もベタベタになってしまう。


指先で涙を払い落としてから踵を返した。
先の開いたサンダルの隙間から砂が入り込み、ザラリとした感触が足の指や裏に張り付く。

気持ち悪いな…と思いながら足先を見つめ、その目線を少しだけ前に伸ばした。



(……えっ)



視界に入ったビジネスシューズは見覚えのある物だ。
あの日、霊柩車かと焦ったリムジンから降りてきた人が、それと同じ靴を履いていた。


まさか…と思いながら目線を上に向ける。

夏生地のスーツのズボンはブルーグレーで、ベルトは間違いなくヴェルサーチ。
ワイシャツのカラーも田舎にはない綺麗なパステルブルーで、ネクタイこそ締めてないけれどその胸板は厚い。


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