マーメイドはホテル王子に恋をする?!
そんなことを言う為に、わざわざ人のニックネームを呼んだのか。

舐めるように視線を送ってくるエロじじいに呆れ、いい加減にしな…と言いたいけれど、それを一切顔に出さずお礼を述べた。


「お褒め頂き光栄です」


「だろ?」


そんなことはいいから仕事しな…と更に怒鳴りたくなるのを堪え、「では」と素っ気なく前を向き直る。


「マーメイドちゃん」


今度はお土産物のコーナーから走って来る人がそう呼ぶ。職場の大先輩で、お局様の片山恭子さんだ。


「はい、何でしょうか?」


背筋を伸ばして返事をすれば、「両替宜しく」と差し出される千円札の束をちまちまと硬貨に両替していく。

大した用事でもないのに、わざわざニックネームを呼ばれるのには飽き飽きだ。



「サンキュー。助かったわ」


ジャラジャラと小銭の入った袋をぶら下げて戻る片山さん。
その背中を見送りながら、そろそろ忙しい季節がやって来るんだな…と思いだした。



私が働いている場所は、この辺りには一軒しかない宿泊施設。

【シーサイド・リゾートホテル】という名称だけれど、泊まりに来るお客の殆どは、夏場に近隣の海水浴場を利用する観光客で、それ以外の利用は少なく、平日はほぼ閑古鳥が鳴いている。


< 2 / 173 >

この作品をシェア

pagetop