マーメイドはホテル王子に恋をする?!
ホテルの従業員はほぼ全員が地元の人と言っても過言ではない。
その人達から無駄に「マーメイド」と呼ばれる私は、地元との繋がりが深いと思われたのだろう。


悄気るのは間違いだと思うけれど、何だかやるせない気分がしてくる。
私が「マーメイド」だと呼ばれなかったら、今日の相手は別の人に頼んだのだ。

それこそ「潤ちゃん」と呼んで可愛がる片山さんでも良かったかもしれない。あの人の旦那さんは、漁業組合で働いているのだからーー。



手元のお茶に目線を移した。
フロントという仕事柄、ネイルの手入れだけは欠かさないから爪は綺麗だ。

この手で水をかいて前へ前へと進んでいた頃の自分は、確かにマーメイドというニックネームに相応しかったと思う。


でも、私は高校を卒業したらスッパリ水泳とは縁を切ろうとずっと目論んでいた。
競技者として、記録や大会に縛られるだけの人生は真っ平御免だと思っていたから。


高校の途中から常に誰かに期待されて注目され続けるのが嫌になった。

泳ぐのなら楽しく泳ぎたい。
魚にでもなったかのように、自由に手足を伸ばして水に触れたい。

がむしゃらにタイムだけを気にして泳ぐようなことは自分らしくない。

井の中の蛙のままでいいのか?と問う人がいたらきっと、「いいです。自分らしければ」と答えただろう。


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