マーメイドはホテル王子に恋をする?!
自分らしく生きようと地元を離れ、東京ほどの都会ではないが、一応全国的にも名の知れた都市への進学を希望した。

水泳部の顧問の松本先生は「勿体無い」とは言ったが、私を止めることはなかった。
高三の途中から笑って泳げなくなった私を、誰よりも側で見ていたからだと思う。


「何処へ行ってもいいが、故郷の海を忘れるなよ」


自分を育んでくれた場所を胸に抱いて生きろと言ってくれた。奇しくも夢は儚く散って、その場所に戻ってくることになったがーーー。




「橋本花梨」


仕事の時と同じ様にフルネームで呼ばれて頭を振り仰いだ。
目の前に座っている社長は、真剣そうな面持ちで向かい合っている。


ドキン…と胸が弾む。
やっぱり私はどうかしている。

実際にこの人の恋人になれる訳がないのにときめいている。
一日だけのことなのに、ずっと一緒にいたいと何処か望んでいる。

そんな馬鹿みたいな夢を描く程の子供でもない筈なのに……。


「何でしょうか。社長」


フルネームで呼ばれたからにはこの呼び方でいいのだろう。だけど、社長は眉間に軽くシワを寄せた。


「今日はその呼び方はするなと言っただろう。俺には『潤也』という名前があるんだ」


「え、でも…」


それはどういう意味だろうか。
まさかとは思うけれど、下の名前で呼べということ?

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