マーメイドはホテル王子に恋をする?!
はい…なんて言ったらまた睨まれるかなと思い、うん…と答えたら、社長は満足げに微笑み返してきて、その大きな掌で私の後ろ頭を優しく撫で下ろしていった。

ポンと肩に下りてきた手の存在は、たった一日ですっかり心を掴んでいる。

言葉にしてはいけないと抑えてきたが、やっぱり言葉にするとこうなるだろう。


(社長って素敵だ。仮じゃなくて本当の彼女になりたい……)


自分みたいな田舎娘にその役目が務まる訳もない。
手の届かない船の上の王子に憧れて、恋をした人魚姫のような気持ちだ。


店舗の隅っこに造られたイートインスペースでシュークリームとドーナツを食べた。
社長は甘い物が特別嫌いな様子もなく、きちんと味わいながら食べている。

私が絶賛したカスタードクリームは想像よりもアッサリとしていると言い、半分ずつ試食したドーナツは揚げてないところがいいな…と感想を述べた。



「今日回って思ったけど、この町には美味い物がいろいろとあるんだな」


砕けた感じの社長はいつもの暴君ぶりも見せずに紳士だ。

だけど、一日だけのプリンセス気分ももうすぐ終わるのかと思うと、こっちの気持ちは沈んでくる。



「そうですね……」


敬語は使うなと言われたが、イートインスペースでは店舗で働く人の目も無いからそう呟いた。

手に持っているプレーン味のドーナツが震えてきそう。


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