狂愛
「泣いてるのですか?」
目の前にいる彼は小さく首を振ってみせたが、頬は明らかに濡れていて、わたしはその頬に手を添えた。
「夢を…みたんです。とても……恐ろしい」
涙を拭ってあげるが、次から次に流れてきておいつかない。
「…あなたが俺の傍からいなくなるんです……」
「そんなの…夢、です」
震える声で反論してみたが、彼にはその声は届かない。
「真っ暗な中、俺は何度もあなたの名を呼ぶのに、その声は何か別の声にかき消されるんです。必死に大声を出してみてもその声は俺の耳にすら届かない」
わたしは涙を拭う手に力を込めた。
彼はわたしの言葉を聞かない。
わたしの気持ちをきくことに、酷く脅えている。
「俺、恐くて。いつかあなたはいなくなっちゃうんじゃないかって。誰かにかっさらわれるんじゃないかって」