最初に熱湯を注いでください
軽い口当たりのブラックコーヒーをさも苦そうに部長さんは一口飲んだ。
彼はというと、部長さんに合わせて淡々と優雅にカップを傾けつつも商談を勝ち取ったように自信に満ちた態度だ。
わずかばかり私に視線を流すと口の端をニッと持ち上げた。
「彼のどこが好きですか?」
返事をしないまま部長さんは私にしか答えられない質問を投げかけてきた。
えー、別にどこも好きじゃない。
それ以前に知らない。
心の中のしどろもどろを誤魔化すためだけにコーヒーカップに口を付けるものの、カップの中はすでに空っぽ。
それでも飲んだフリだけ繰り返すのは、そのわずかな時間だけが考慮時間だからだ。
「・・・優しいところです」
部長さんの眉がヒクッと動いた。
あれ?間違った?
当たり障りない言葉を選んだつもりだったのに。
「優しいところが好き」と答えて疑問を持たれるなんて、私の隣には一体全体どんな鬼畜が座っているのだろう?
「彼、普段は優しいんですか?」
「はい、ものすごく。優しいところと、一緒にいて楽しいところと、こう見えて意外と弱気なところが好きです」
私一人に負担をかけるのだから印象と正反対のことを好き勝手に答えてやった。
「ざまあみろ!」という気持ちを込めて満面の笑みを向けると、驚いたことにトロリと優しさ全快の笑顔を返される。
「・・・会社では違うんですか?」
なんとなく見てはいけないものを見た気持ちになって部長さんに質問を返す。
質問攻めに遭うのはこちらが不利だ。
「仕事に関してはそつなく抜かりなく、自分にも他人にも厳しいです。だから恋人の前での姿が想像できなくて。━━━━━そうか、ものすごく優しいですか。一層惜しいな」
ああ、うん、そんな印象。
優秀です!っていう。
・・・でも、さっきの笑顔は本当に優しそうだったな。
営業で培った技術かもしれないけど。