最初に熱湯を注いでください

「声を掛けたのは彼の方から?」

ブフッ!
すっかり油断していたので、ちょっと吹き出してしまう。
彼から紙ナプキンを受け取って口元を拭った。

「あー、悪かったね。これは下世話な興味で」

大丈夫だ、と首を横に振りながら再び脳を回転させる。
うーん、縁談を断るっていう役割は無事に果たせたみたいだし、この辺りは私が創作しても影響ないかな。

「えーっと、一番最初は私からですね。落とした携帯にかけたら彼が出て、会って返してもらった時お礼の食事に誘いました」

「ほー、それで?」

「食事してみたら楽しかったので、『また会いたい』と私から」

部長は渋面を露わにする。

「恋愛に関しては随分消極的なんだね。仕事と同じように計画的にドンドン進めて行くのかと思ってた」

「恋愛と仕事は別ですよ」

どことなくさっきまでの余裕が感じられない声でポツリと彼はこぼした。
心なしか背中もさっきよりは小さい。

「私に興味なかったんじゃないでしょうか?それでも結果的には付き合うことになったので、どちらからでも構いません」

「男性が消極的でも気にしない?」

彼はわずかに身体を私の方に向けて伺うように聞く。

「何でもバランスじゃないかな?全部女性まかせにされても困るけど、こっちの反応も無視して強引に来られるのも嫌です」

部長さんも興味深そうに一つ頷く。

「仕事でも恋愛でもタイミングを逃したらいけないよね。カップラーメンだって待たなければ食べられないし、かと言って待ちすぎるとスープがなくなる。食べ頃の見極めは重要だよ」

立派なスーツを着て貫禄たっぷりの部長さんが「カップラーメン」なんて言うと意外過ぎてちょっとかわいい。

「部長さんでもカップラーメンを召し上がったりするんですね」

「妻とケンカした時のために常備してますよ」

例えカップラーメンを食べる頻度が結構高かったとしても、きっとこのご夫婦の仲は円満なんだろうな、と頬が緩んだ。

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