好きですか? いいえ・・・。





外の風が涼しかった。お風呂で、落合くんが私のことを好きだと言った事実を知ったことで、その落合くんから抱きかかえられたことで、火照っていた身体がスーッと冷めていくような気がした。



でも、私の身体の火照りの原因の3分の2を占めている落合くんは、振り返ればいる。「いい夜だな。」と呟いて、それから口笛を吹きだした。



「落合くん。夜に口笛吹くとヘビが出るよ?」



「口笛は、幼き頃のわが友よ。吹きたくなれば、吹きて遊びき。」



「おいおい、急にどうした? 落合くん。」



「石川啄木だよ。」



石川啄木……。



私が石川啄木の歌で知っているのは、一つだ。



「たわはれに、母を背負いてそのあまり、軽きに泣きて、三歩あゆまず。」



「『一握の砂』だっけ?」



「そう。それ。」



母親を背負うことくらい簡単にできると思って、遊び半分で背負ってみたらあまりの軽さに驚いて、涙が止まらず、3歩も歩むことができなかったという意味の歌。



私がこの歌に出会ったのは、中学の時の国語の授業だった。いろんな短歌がある中で、一番印象に残ったのがこの歌だった。



いつか自分にもこんな日が来るんだとばかり思っていた。それが蓋を開けてみれば、背負ってもらう立場になっている。生まれた頃から背負ってもらって、お母さんが死ぬまで背負ってもらうことになる。その事実が悲しくて、情けなくて……。




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