つぎの春には…
俺の癌のことを話すと父親は驚きの表情で固まり、母親は涙を流した。
無理もない。
一人息子が29歳という若さで癌なのだから
光が主治医だから大丈夫だと適当なことを言って、実家を後にした。
大丈夫だなんて保証はどこにもないのに…
あの光が渋い顔で五分五分だと言うのに…
帰りの飛行機の中、栞のことを想い目を閉じる
栞とは昨年の春に入籍した。
出会いは3年前
同僚に連れて行かれた、当時流行っていた街コン
付き合っている女はいなかったが、特に欲しいとも思っていなかった
何軒かの居酒屋を貸切にし、男女2対2でテーブルや店を移動しながら交流する
めんどくせ…
「お仕事は何されてるんですかぁ?」
絡みつくような声で話しかけてきた目の前の女
髪を丁寧に巻きキラキラと装飾された爪
絶対にキスしたくないグロスたっぷりの唇
おまけにキツすぎる甘ったるい香水のにおい
めちゃ気合入ってマスネ
なんでお前に個人情報言わなきゃなんないわけ?
適当に受け流すが、しつこく質問をしてくる
義務的に連絡先を交換するけど、即ブロック
そんなやりとりを4、5回繰り返し、残り時間も少なくなってきた頃
「やっぱ兼(兼元の兼)とくると全部持ってかれるな…」
俺を無理やり連れてきた張本人である同僚の中谷が愚痴る
「お前が連れてきたんだろ」
どうでもいい女に迫られたって
楽しくもねぇよ…
店を移動し、次の席へ案内される
そこに彼女はいた
髪を緩くハーフアップにし、切り揃えられた飾られていない爪、グロスで塗りたくられていない唇
飾らないその姿に俺は目を奪われた
乗り気でなさそうな表情に彼女も恐らく、連れてこられたんだろうと予想する
席に着き飲み物を注文する間もなく、街コン終了の時間となった
えっおい!今からだろう
と思ったが店員に店を追い出されやむなく解散…
同僚と駅に向けて歩き出し、先程の彼女の連絡先どころか名前すら聞いていないことに気付き慌てて振り返ったが、彼女の姿はなかった。