つぎの春には…
会食も終わりに近づき、会計をしようと女将に声をかけると、すでに高梨社長からいただいたと言う
「高梨社長!」
慌てて個室に戻ると、3人が帰り支度をしていた
「兼元君、今日はいいんだよ」
俺が言いたいことを察した社長は穏やかに微笑む
「楽しく食事もできたし、今日はプライベートで来ているからね。」
「恐れ入ります」
深く頭を下げる
ここで俺が財布を出しては高梨社長に恥をかかせるだけだ
「ご馳走様です」
少年も頭を下げる
少年は緊張からか元々寡黙なのかあまり喋っていない
「また是非、食事に行こう」
高梨社長は穏やかに笑い出口へ向かう
高梨社長と杏を見送り、再び少年を車に乗せ次の目的地へ走り出す
「緊張した?」
「当たり前だろ?急に高梨グループの社長とか頭おかしいんじゃないの?」
少年はそう言って窓の外に顔を向ける
さすがだな…『高梨社長』としか紹介しなかったのに高梨グループの社長と気付いていたか
さて、次は…
パートナー会社、所謂、うちの会社に出入りする業者さんとの打ち合わせ
いつもはうちの会社に来てもらってるが、今日は俺が会食があったからあちらに出向くことにした
駐車場に停め車を降りる
「ここ…」
ビルを見て少年が口にした
やっぱりな…
「ん?知ってるとこ?」と敢えて問う
「ううん、何でもない」
少年は、そう言って首を振る
「おいで」
そう言って歩き出した俺の後ろを俯き加減でついてくる
受付で名前を言うと会議室へ案内された
会議室の中ではすでに担当者が待っていた
少年のことは適当に紹介し、隣へ座らせる
コンコン
2時間弱の打ち合わせをし、そろそろ帰るという頃、会議室の扉をノックする音
担当者が扉まで行き、少し開け、その相手と話し、こちらを振り返る
「兼元さん、課長がご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
ナイスタイミング
心の中でほくそ笑む
担当者が扉を大きく開け、課長を中へ導く
俺の隣の少年はその課長を見て固まっている
入ってきた課長もまた少年を見て固まった
「かい…と…?」
やっとの思いで少年の名を呼ぶ課長
少年の実の父親であり栞の元旦那
『蓮池』なんてそうそういない
栞が離婚しても苗字を変えなかったのは子ども達のためだろう