つぎの春には…
「あ、海斗、これ持ってって」
着替えが終わり、キッチンの横を通り過ぎようとした少年を栞が呼び止める
「え?鍋にこれ?」
「それは鍋ができるまでの拓のおつまみよ」
そんな会話が聞こえてきた後に栞から渡された小鉢を手に少年がテーブルにやってきた
「はい」と渡された小鉢にはイカの塩辛が入っていた
「ありがとう」と礼を言い、早速一口食べる
うん、ビールに塩辛最高
ビールと塩辛が常備されているこの家の冷蔵庫って…
「拓さん、塩辛私にもちょうだい」と正面から箸が伸びてきて、塩辛を摘んでいった
「おいしー」と幸せそうに塩辛を頬張る少女…とその隣で顔をしかめている少年
なるほど、塩辛は少女のために常備されてるのか
「お待たせ」
栞の手から大きな土鍋がテーブルのカセットコンロの上に置かれた
コンロの火を点け、弱火にし、蓋をとる
「今日はチゲ鍋なの」
そう微笑みお玉を手にし俺の前に置いてあった呑水を持つ
チゲ鍋の香りに食欲がそそられる
栞は順番に全員の分を取り分け、腰を下ろす
「おかわりはセルフサービスでーす」
にこやかに言う栞のグラスにビールを注ぐ
子ども達は「いただきます」と呑水の中身を食べ始める
「お疲れ様」
栞とグラスを合わせ口をつける
最高だな…
「で、海斗は今日は拓とどこ行ってたの?」
食べ始めて程なくして、栞が直球の質問
彼女の向かいに座る少年は急な話にゲホゲホとむせている
「…なんで知ってんだよ?」
やっとの思いで少年がそう発し、俺をチラリと見る
俺は何も栞に言ってないので、慌てて首を横に振る
「お兄ちゃん、拓さんと出掛けたの?いいな~」
妹が割って入る
「学校から来てないって電話があったのよ。拓と帰ってきたから、一緒にいたんでしょう?」
なるほど、学校から電話が入ることは計算外だった
とは言え、栞はそこまで怒っている雰囲気でもないようだ
「将来の親父の仕事見学してた」
顔を背ける少年の言葉に目が点になる栞
そしてニヤけずにはいられない俺
どうやら少しは認めてもらえたようだ
チラと隣に目をやると息子の言葉の意味を理解し、少し頬を赤くしている栞
「そう、先生には風邪って言っておいたから。」
恥ずかしさを隠すようにビールを飲む栞
その姿を横目で確認し、少年は続ける
「杏さんて人と昼飯食べた」
「杏ちゃんと!?ズルい!」
今度は子どもの様に身を乗り出し抗議する