はやく気づけ、バカ。



「......あ、乗るよ!」

桐谷くんの問いかけにやっと返答し、急いでエレベーターの中に乗り込むと、開閉ボタンを押し扉を閉じた。

そして、そのエレベーターは10階からやっと動き出した。


――私は、真島さんに”声をかけない”を選択した。


私の顔を見て真島さんが口を開いて「————」と何かを言いたげに見えたけど、
それに私はすぐ顔を反らして桐谷くんに話しかけた。

「桐谷くん、今からいくお店ってここの近く?」

――――まるで、真島さんに”話しかけるな”というように。

(だけど...)


例のお姉さまも今真島さんと会話している声も耳に届く。
会話から察するにかれらは同じ部署で、真島さんとお昼の会議に備えて昼食を買いに行くところなんだろう。


(だから、大丈夫だよね。)
私が話しかけなくても、大丈夫。と心の中で自分を安心させた。


「近く...ですかね!歩いて10分くらいのところです!」

「遠くはないね。」
桐谷くんの顔だけを見つめて、そう言う。
...普通に返答をしたのに、桐谷くんは少し黙った。

「...そうですね。」

(...まるで...、)
何か、緊張している、みたいな。
桐谷くんの不思議な様子に気を取られつつも、エレベーターの現在地を示すランプに目をやる。


「どうしたの?」

そう尋ねると、
「...、...」
まだ、黙ったままの桐谷くん。

(...黙ってたら、真島さんに話しかけられるかもしれない、どうしよう。)
その不安がエレベーターに早く一階につけ、と思わせる。




< 108 / 139 >

この作品をシェア

pagetop