はやく気づけ、バカ。


「...照れてるんですか?」

そんな私の願いは空(むな)しくも叶わないようで。

「ち、違うよ!」

私がすぐさまそれを否定すると、それを見て少しうれしそうに笑う桐谷くん。


「...顔、赤いですよ。」

「っ...」

少し目を伏し目がちにする私を見て、ふふ、と桐谷くんは微笑んだ。

その状態が1分ほど続いた後、

...あ、と何かを思い出したように呟くと、
「僕そろそろいきますね、それじゃ、甘利先輩また後で。」

そう言って踵を返し、総務部のほうへと歩いて行った。

...と思ったら、くるっと方向転換をして、もう一度こっちに向かってくる。

(え!?なんで!?)

また、ずいっと顔が近くなり、今度は耳元で桐谷君が囁いた。

「...クリップがずれて、髪の毛少し大変なことになってますよ。...なにか、僕に手伝えることがあったら言ってくださいね。」


(...!?...ばれてる、?)

そういうと今度こそさよなら、と言って桐谷君は踵を返した。


(や、やっと桐谷くんがどっか行ってくれた...。)

長い廊下をリズムよく、姿勢よく歩く桐谷くんの後ろ姿を見つめながら少しぼーっとする。


(...桐谷くんと話していた時間はたった5分にも満たないのに、)

彼の言葉は、表情は、私の心臓の鼓動をどきどきと早くさせ、私を焦らせる。

(...しょうがない。だって、恋愛とか、まともにしたことない。)

一人、どこか客観的に自分を見つめ始めた頃。

そして、桐谷くんの姿が完璧に見えなくなった頃、気づいた__


「っあ!私もはやく戻らないと...!」

お昼休み終わりが迫っていたことに。

急いで缶コーヒーを飲みほして立ち上がると、急いでその場を後にした。




< 79 / 139 >

この作品をシェア

pagetop