【仮面の騎士王】
 そういえば、あの唇に感じたやわらかいものはなんだったのだろう。


 頭を撫でられたということは、なんとなく理解できた。父親であるロッソが幼いころ時々そうしてくれたのと同じ感触だったからだ。


 しかし、余計な虫がつかないようにと、まともに男性と話したことさえないケイトリンにとって、暗闇で自分の唇をふさいだものには、まるで心当たりがなかった。


「この場合、侍女の言うことの方が正しいと思うがな」


 荒い呼吸を繰り返しながら、男はケイトリンの耳元に囁いた。


「でも、怪我をなさっているのでしょう?」


「俺は、あなたの屋敷に忍び込んだ、ならず者だ。助けたからといって感謝されるなんて思っているなら大間違いだ」


「とりあえず、私の寝台へ」


 ケイトリンは、男の発言を無視して脇に体を滑り込ませ、歩かせようと試みたが、とても一人では体重を支えきれそうもなかった。


「お願い、マノン。手伝って」


 ケイトはつぶらな瞳をマノンに向ける。マノンはケイトリンの“お願い”に弱い自分を恨みつつ、ため息をついた。


「わかりました。でも、本当に危険なことですよ。いざというときには、私がこの男にとびかかります。その間に、ケイト様はお逃げになること。よろしいですね?」


「ありがとう!」


 ケイトリンは、満面の笑みを浮かべる。マノンは仕方なく、燭台を床に置くと、男がかろうじて握っている剣を床に転がし、ケイトリンの反対側で男の体を支えた。

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