【仮面の騎士王】
「本当に、大丈夫ですか?」
 

 しばらくすると、レイフの息が整ってきた。左脇腹を手で押さえてはいるが、さっきまでの苦痛な表情は消えている。


「もう大丈夫だ。今夜は楽しかった。でも、今後は、あまり私と親しくしない方がいい」


 風が薔薇の枝を揺らし、葉のすれ合うザザァという音がケイトリンの耳に届いた。


「なぜです?」


「君はファビアンの妻になるのだろう? あいつは私のことを嫌っているからな。あなたと私が仲良くなることを快く思わない」


「まさか。あなたはファビアン様にとっても従妹ではありませんか」


 沈黙が、その場を支配する。つい最近、どこかで、似たような言葉を聞かなかっただろうか。ケイトリンは真剣な表情でレイフの瞳を覗き込んだ。


「君は、自分の魅力がどれほどか、わかっているのか?」


「え?」


 レイフは、突然ケイトリンの両頬を両手で挟むと、持ち上げるようにして上を向かせる。そのまま強引に彼女の唇を奪った。


「私には近付かない方がいい」


 レイフはケイトリンを置いたまま、その場を立ち去った。


『あなたの唇の味が忘れられない、と言ったらどうする?』


 唇に味があるのか、ケイトリンにはわからなかった。だが、たった今感じたものは、あの日の仮面の盗賊のそれと似すぎていた。そういえば、彼は紫の瞳をしていた。レイフと同じ。そして、怪我を負ったのは左わき腹。


(まさか。そんなはずは・・。)


 宮廷舞踏会が終わってからも、ケイトリンの心臓は一人で激しく踊り続けているようだった。体中から熱を発しているような感覚が抜けず、一睡もできなかった。









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