政宗かぶれの正志くん
そんな『ほのぼの食堂』は今日も満員御礼だ。


座席数と常連客数が合っていないのだから、仕方ない。


常連客数も増える一方だ。


「愛ちゃん…は、今日は店側か。おい店員、水くれ、水」


「水と店長セレクト超豪華ディナーですね。承知いたしました」


「よくやった、愛!フォアグラ一丁、喜んで!!」


「うわっ!待って!勘弁して!!」


バイト用エプロンを着用した私と店長、そして常連客の1人でよく私に奢ってくれる早瀬さん(56才妻子孫もち)の会話に周りの人が笑う。


今日も『ほのぼの』だ。


それが嬉しい。


切々と名付けの大切さを訴えた私の努力が実り、「御宝(おたから)くん」ではなく「光輝くん」と名付けられた赤ちゃんは、先月1才を迎え可愛らしい盛り。


店員と奥さんの子どもの宿命なのか、人相はやや悪いけれど。


出産後、育児中につき外出一切禁止令を出したら店長は奥さんと大喧嘩になり営業中にベソをかいていた。


ただやはり、保育園に入れてまで食堂の手伝いをする気はないらしく私は職を失わずにすんだ。


私もおばちゃんもどうしても都合がつかない日やどうしても急遽休まなければならなくなったときのみ、奥さんは店頭に立っている。


光輝くんはたまに奥さんに抱かれて店に来るから常連客さんもだいたい会っていて、ほのぼの食堂にさらなる『ほのぼの』を運んでくれる大きな存在だ。


今日も先程まで若干低めの声で「あーうー」と喃語を話し、常連客を悶えさせていた。


赤ちゃんが1人去っただけで急激な寂しさに襲われる。


恐るべし、光輝。


店長なんて、もう壁に飾った光輝くんの写真を寂しげな顔をして見つめている。


佇む、熊。







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