政宗かぶれの正志くん
続いて出した和定食(鯛めし大盛サービス)も米粒一粒も残さず綺麗に食べきって、「大将。大変美味であった」と微笑んだ彼。


大盛サービスは店長の頭をハリセンで叩いてやりたい程の山盛りだったのに、その細い体のどこに入ったのだろうか。


味の感想を事細かく伝える彼に店長はにこやかに応えている様子をチラチラと伺いつつ業務をするも、やはり気になってまた彼を見てしまう。


食べることが好きなのだろうか。


ついには机にノートを広げる彼に鯛めしとカルパッチョのレシピをにこにこ教える店長。


いいのか、それで。


「門外不出のレシピ」だと前に言っていなかったか?


挙げ句に鯛の目利きから野菜の目利きから語り出した店長の口は止まることを知らず、気がつけば常連客もその会話の中に入ってしまっている。


初めて実のある会話がなされている店内に戸惑いながら、料理は食べる専門で最早自炊をほぼしていない私にはその内容は難しすぎるため、皿洗いに勤しむことにした。


そのままオーダーストップとなり閉店準備を始めると、彼は「ありがとう、大将。実に勉強になった」と見本の様に美しいお辞儀をした。


そんな彼に「またいつでも来い!」とふんぞり返る店長が残念で仕方ない。


お辞儀をするのはアンタだ熊吉。


冷ややかに店長を見つめる私に彼は微笑みながら店を出ていった。


華奢な手が持つ太いチェーンがついた黒皮のゴツい財布が印象的だった。
< 26 / 55 >

この作品をシェア

pagetop