政宗かぶれの正志くん
今日のオススメの鯛の塩焼きはきっと入っている。


付け合わせの小鉢料理も美味しそうだったし、入っているといいな。


オバチャンの粕漬けも入れてくれってお願いしようかな。


フロアの掃除をしながら弁当の中身に想いを馳せるのはいつものことで、帰宅後パカッと蓋を開ける時はいつも幼い子どものようにワクワクする。


最後にすべての机をもう一度除菌シートで拭いて、私の業務は完了。


丁度のタイミングで店長も「よしっ。終わったー」と手を洗っている。


カウンターの上には店長宅に持ち帰る重箱と私用の弁当箱2つと、その横にグラスに入ったアイスティーが置かれている。


それを飲みながら少し店長と話をして帰る。


子どもの話だったり、奥さんの話だったり、子どもの話だったり、子どもの話だったり。


大抵店長の家族愛を押しつけられるトーク内容だけれど、何とも微笑ましく、割と好きだ。


今日は何の話かといそいそカウンターに座ると、ビールジョッキを軽く上げて「乾杯」とにやける店長がそれをイッキ飲みし、「それでよ」と切り出した。


「あの兄ちゃん、結局何だったんだ?」


「いや、本当にわからないんですってば。むしろこっちが聞きたい」


すると店長はのそのそとフロアに出てくると、私が座っているカウンター席の1つ空けた隣に座り、私に向き合った。


…これは、たまにあるガッツリゆっくり話したいモードだ。


いつもは調理スペースで立ち飲みで、カウンターに座るなんてない。


仕方ない。


私は今日の出来事、「めごさんと間違われて求婚されたこと」「どうも話が通じないこと」「逃げたら遅刻したこと」を順に説明した。


「へー」「ほー」と相槌を打ちながらそれを聞いていた店長は最後に「迷子になるほど逃げるな」と笑い、「そうかー、何だ、人違いかよー」と肩を落とした。
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