政宗かぶれの正志くん
更衣室で身支度をしながら彼について考えてみた。


名前すら知らない彼を。


美人。


変人。


ご飯の食べ方が綺麗。


色白。


黒髪。


眼帯。


…終わってしまった。


何て薄っぺらい情報だろう。


そもそも彼は私とめごさんとを間違えているのだから、仮に真摯に向き合って結婚する気になったとしても『人違い』でしかない私はただの『その気になっちゃった勘違い女』にしかなれない。


もう恋愛とか失恋とかは面倒なのに、何故そんないかにも面倒なことに身を投じなければならないのか。


無理、無理。パス。ギブ。真っ平ごめん。


やっぱり関わらないに限る。


いつか人違いに気づいてくれる。


もしまたBとC改め高田と片山が来てくれたら、何とかするようにお願いする。
場合によっては店長の絶品鶏南蛮を奢る。もしくはフォアグラソテーキャビアのせをオーダーするぞと脅す。


よしっ!と気合いを入れてロッカーを閉める。


ガキョッと大きな音がした。


もう随分古いそれは先代の頃から使われているもの。


開ける時はガッキョンッと音をたてる。


ガキョッが「痛い!」に聞こえて、「何かごめん…」とロッカーを擦った。


八つ当たり、良くない。


バイトは次は明後日だ。


少し早めに来て、ロッカーも水拭きしよう。


そう思いながら更衣室のドアを閉じた。


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